改宗の理由を聞いた際には 「カトリックは権力が大きいし、厳しすぎて、いろいろあったので…」 と言いつつ、「改宗して良かったことは?」 という質問には 「お酒も飲めるし、愛する女性と出逢って結婚できたよ」 と笑いながら冗談でかわしてしまう機知に富む方です。
略歴 (Dala Molloy ウェブサイトより抜粋)
● 1949年
ダブリン郊外の港町ダン・ラオーにて7人兄弟の次男として誕生。
● 1952年
Yellow Walls 国立学校に2年間通学後、セントラル・モデル・スクールとされた Scoil Colmcille に 11歳まで在学。
この間全てゲール語で教育を受ける。
● 1966年
マリスト (カトリック系) 修道会運営の Cahnel College Coolock 校を卒業。
● 1966〜1967年
エンジニアリングの BSK にて1年間在職。
● 1967〜1976年
マリスト修道会にて9年間修行。
この間 UCD にても教育を受ける。
1974年に心理学とコンピュータ・サイエンスの名誉学位を取得。
1975年より1年間はローマの Angelicum University に在学。
● 1976〜1977年
Milltown 神学校に在籍中、地域のコミュニティ活動を発展させ、マリスト・ユース・クラブの指導者となり、創作ドラマ、ワークショップ、音楽活動、サマー・ユース・プログラムの運営に携わる。
中古の2階建てバスを CIE (旅行手配を担当する旅行会社のようなオペレータ) より購入し、日帰り旅行、移動演劇、資金集め、さらに休暇中の泊まり込み用としても利用した。
● 1977〜1985年
1977年の聖職叙任式にて、正式にカトリックのマリスト修道会聖職者となり、St. Mary's College で教師およびチャプレン (宗教儀式を行う礼拝堂付きの牧師) に在職。
この間、地域の若者の為の音楽活動、マリスト隠遁所を設立し、成人のための教育と隠遁 (世間から離れ、静かに瞑想したりして精神の安らぎを得る生活) の機会を与える。
1983年には教職の経験から、辛口の批評家としてアイルランドの教育システムに関する執筆活動などを行う。
● 1985年
イニシュモア島で、ケルトの司祭として暮らし始める。
最初は隠遁者・世捨て人のように島の中央の粗末な小屋で暮らしていたが、1年もすると彼に賛同する人々がプロジェクトを支援するようになる。
1985年からの1年間は、地方教区のクラージ (礼拝堂を与えられていない司祭) として、カトリック信者の要請があれば儀式等を執り行っていた。
この間はケルトの司祭と兼任。
● 1989年
The Aislling Magazine をオフセット印刷にて 31部創刊。
ケルトに基づいた、スピリチュアル、教会、経済、生活様式、環境等に関する新しい考え方を示す。
● 1996年
マリスト修道会およびローマカトリックから離れ、ケルト司祭へ改宗する事を宣言し、国中の話題となる。
改宗後、ケルト・スピリチュアル・センター設立に協力してくれた Tess Harper と結婚。
現在4人の子供たちに恵まれている。
● 現在
イニシュモア島でケルトの司祭として活動。
世界中からのボランティアの援助により、建物の修復、環境を考えたオーガニック栽培、地元の観光産業の促進に忙しい毎日を送っている。
島内のスピリチュアルな場所のガイドや要望に応じた様々な儀式 (ケルトの冠婚葬祭・新居や新車のお祓い・カウンセラー等) をケルトの司祭として執り行っている。